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生産性の実感は、体験の悪化を隠す――開発者95名を6か月追った縦断研究

生産性の実感は、体験の悪化を隠す――開発者95名を6か月追った縦断研究

2026.09.22 / Donut Service

AIにコードを書かせるようになって、確かに手を動かす時間は減りました。それなのに、一日の終わりの疲れ方は減っていない――この感覚については、以前「書く」から「読む」への重心移動として整理しました。

ただ、これまで引いてきた調査はどれもスナップショットでした。ある一時点で大勢に聞いた断面です。断面を何枚並べても、同じ人の中で何が動いたのかはわかりません。

2026年5月に公開されたプレプリントは、同じ開発者を6か月あけて二度追跡しています。そこで見えたのは、生産性の自己評価はぴくりとも動かないのに、体験の悪化だけが静かに進んでいた、という並びでした。


1. 同じ人を二度測る――縦断という設計

調査を行ったのは、ニュージーランドのオークランド大学の Annie Vella と Kelly Blincoe の2名です。同じ質問紙を6か月あけて2回、それぞれ4週間ずつ配信しました。1回目(Q1)は2024年10月、2回目(Q2)は2025年4月です。

Q1は224件の回答から適格者158名、Q2は111件から101名。このうち両方に回答し、同一人物として突き合わせられたのが95名でした。追跡調査では「途中で抜けた人が偏っていないか」が要点になりますが、著者らは性別・経験年数・職種・言語・組織規模・国の6変数をFisherの正確検定で比較し、有意差がないこと(全 p > 0.05、Cramér’s V ≤ 0.23)を確認しています。

断面調査で言えるのは「AIを使っている人はこう答えた」までです。同じ人を二度測ると、そこに「その人の中で何が動いたか」が加わります。本記事で見ていく3つの結果は、どれもこの設計でなければ出てこないものです。


2. 生産性の実感は動かなかった。体験だけが動いた

まず、生産性が向上したと感じている人の割合です。Q1で84%、Q2でも84%。6か月かけて、1ポイントも動いていません。

ところが同じ95名の中で、開発者体験の3次元のうち少なくとも1つが悪化したと答えた人は、14%から27%へとほぼ倍増していました。著者らはこれを productivity-experience paradox(生産性-体験の逆説)と名づけています。

この並びの何が特異なのかは、断面調査を思い浮かべるとわかります。ある時点で「84%が生産性向上を実感」「27%が体験の悪化を報告」という2つの数字を並べても、それらが同じ人の中で同時に起きているとは言えません。別々の集団の話かもしれない。同じ人を追って初めて、片方が凍りついたまま、もう片方だけが動いたことが見えます。


3. 内訳――目減りしたのはフローと認知負荷、改善したのはフィードバックループ

「体験が悪化した」の中身を見ると、話はもう少し込み入っています。要旨は “with flow state and cognitive load eroding while feedback loops improved” と書いています。目減りしたのはフロー状態と認知負荷、改善したのはフィードバックループ。3次元のうち1つは、はっきり良くなっているのです。

ここは正確に押さえておきたいところで、3次元のうち統計的に有意な変化が確認されたのはフィードバックループの改善だけです。フローと認知負荷は下がる向きに動いていますが、有意水準には達していません(n = 94、Holm-Bonferroni補正後はいずれも p = 0.195)。しかも平均値は5段階の中立(3.0)を上回ったままです(認知負荷 3.74 → 3.60、フロー状態 3.54 → 3.36)。絶対的に悪くなったのではなく、改善の実感が目減りしたと読むのが正確です。「AIでフローが壊れた」と断定できる強さのデータではない、ということです。

フィードバックループの改善は素直に朗報です。生成、実行、修正の往復が速くなったぶん、待ち時間は実際に削れている。AIで浮いた時間の行き先について書いたときにも触れましたが、速くなっていること自体は疑う必要がありません。動いているのは、速さと引き換えに何が細っているかのほうです。


4. 懸念は品質から保守性へ移った

3つめの変化は、何を心配しているかの移動です。最も懸念する項目として品質を挙げた人は44%から36%へ下がり、代わりに保守性が3%から19%へ上がりました。懸念の順位変化のうち統計的に有意だったのは保守性だけです(n = 89, p = 0.003, 効果量は中程度)。

心配の的が「ちゃんと動くか」から「あとで持つか」へずれた、と読めます。ただし著者らはその理由を断定していません。以下は筆者の推測ですが、生成されたコードのコストは書いた瞬間には請求されず、数か月経って変更を加えようとしたときに初めて表に出ます。6か月という間隔は、ちょうどその請求書が届きはじめる長さなのかもしれません。

いずれにせよ、これも時間軸がなければ見えない種類の変化です。一時点で「保守性を心配している人が19%」と聞いても、それが多いのか少ないのか判断できません。3%から19%へ動いたという事実は、二度測って初めて言えます。


5. この数字をどこまで信じるか

踏み込みすぎないために、留保を4つ挙げておきます。

  • 個別タスクの変化は有意ではない:コードを書く・レビュー・テストなど6つのタスクは、Holm-Bonferroni補正後にいずれも有意になりませんでした。有意だったのは創出と検証の比重を表すバランススコアだけです(0.26 → 0.53、補正後 p = 0.006、r_rb = 0.39)。「レビュー時間が有意に増えた」とは書けません
  • すべて自己申告:コミット数や実作業時間の実測ではなく、知覚の記録です。開発者体験の3次元も各1問のリッカート尺度で測られています
  • 84%は「使い続けている人の84%」:調査対象はAIコーディングアシスタントを現在使っている人に限られます。試してやめた人は最初から入っていない。著者ら自身がこの点を明記しています
  • 回答者は偏っている:28か国にまたがるとはいえ41%がニュージーランド、85%が男性です。世界の開発者の代表標本ではありません

もうひとつ、時期の問題があります。データが取られたのは2024年10月と2025年4月で、Claude Code のようなエージェント型のツールが日常に入る前です。著者ら自身も、ツールの進化が速いため新しいエージェント型では同じパターンが当てはまらない可能性があると断っています。ただしこれは、裏返せば補完中心の環境ですでにこの並びが観測されたということでもあります。


6. まとめ:自分で測るなら、何を測るか

この研究がいちばん静かに突きつけているのは、生産性の自己評価は、体験の劣化を検知できなかったという一点だと思います。84%は6か月間まったく動きませんでした。もし組織がこの数字だけを追っていたら、その裏で悪化が倍増していたことに気づけません。

測る対象を「速くなったか」に置く限り、答えは長いあいだ「はい」のままです。測られる側が測定を受け入れる条件について書いたときと同じ話で、指標は何を拾うかと同時に、何を拾わないかを決めています。個人の手元で確かめるなら、次のような量のほうが動きが早いはずです。

  • 中断されずに一つのことを続けられた時間(フロー寄りの指標)
  • 一日の終わりに残っている余力。手を動かした量ではなく、判断に使った量
  • いま自分が心配しているのは「動くか」か「持つか」か。半年前と比べて移動しているか

なお、疲れが取れない状態が数週間続く、あるいは日常生活に支障が出ている場合は、指標の話ではなく医療機関にご相談ください。

BrainSync Focus Timer のご紹介

この研究が「生産性ではなくフローと認知負荷を見よ」と言っているのは、裏を返せば集中の連続時間は自分で記録できるということでもあります。私たち Donut Service が開発した BrainSync Focus Timer は、VS Code・Cursor のステータスバーに常駐するタイマーで、25/5(ポモドーロ)と52/17(ロングブロック)を切り替えながら使えます。速くなったかではなく、続けられたかを手元に残す道具としてお使いください。

休憩のタイミングを自動で知らせるポモドーロタイマー。無料でインストールできます。

BrainSync Focus Timer をインストールする →

Cursor をお使いの場合は Open VSX 版 をご利用ください。

※ 効果には個人差があります。本記事は医療助言ではありません。


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参考文献

  • Vella, A., & Blincoe, K. (2026). The impact of AI coding assistants on software engineering: A longitudinal study. arXiv:2605.23135v1 [cs.SE]. University of Auckland, New Zealand.(プレプリント/CC BY 4.0)

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