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辞めたくなる理由は忙しさではなかった――開発者224名が示した公正さと結びつき

辞めたくなる理由は忙しさではなかった――開発者224名が示した公正さと結びつき

2026.09.29 / Donut Service

「なぜ辞めたいのか」と聞かれたとき、多くの人はまず忙しさを挙げます。終わらない残業、深夜のインシデント対応、途切れない通知。ところが2026年のICSEで発表された調査は、その直感と食い違うデータを示しました。

先に断っておくと、この研究の対象に私は入っていません。原著は適格基準で、主に自営業者やフリーランスとして働く専門職を「通常の従業員と同じ意味での離職を経験しないため」除外しています。ソニーを14年で辞めて独立した今の私は、そのカテゴリに当てはまらない。それでも、というより、だからこそ、このモデルは自分の14年間を後から見直す物差しになりました。

この記事は「辞めろ」とも「残れ」とも言いません。何を見れば自分の状態が測れるのか、その物差しを研究からたどって整理します。


1. 何を測った研究か――224名と、離職「意図」

Kuutila ら16名(2026)が ICSE ’26 で発表した調査です。2024年12月から2025年7月にかけて239件を回収し、注意チェックの失敗などで除外して224名を分析しています。13言語にローカライズされ、英語で回答したのは9%だけ。居住国はブラジル27%、中国14%、フィンランド11%が上位で、日本は5位以内に入っていません。「日本のエンジニアは」と読み替えることはできません。回答者は平均年齢35.4歳、平均経験10.4年でした。

分析は PLS-SEM(部分最小二乗法による構造方程式モデリング)で、15の仮説を77項目の質問から検証しています。

ひとつ重要な留保があります。測っているのは離職「意図」であって、実際に辞めたかどうかではありません。原著は、離職意図と実際の離職行動の相関がおよそ0.5であることを根拠に、この代理指標の採用を正当化しています。半分は説明できるが、半分は説明できない強さです。

さらに、これは一時点の横断調査です。原著自身が「横断的な設計であるため、因果的な主張はできない」と明記し、すべてが自己報告・単一セッションであることによる共通方法分散の可能性にも自ら触れています。以下に並べる数字は「こう動かせばこうなる」ではなく「こういう並びで関連していた」と読んでください。


2. 効いていたのは、満足と「埋め込み」

離職意図に直接効いていたのは2つでした。職務埋め込み(job embeddedness)が β = −0.39(t = −4.28、p < .001)、職務満足が β = −0.35(t = −4.30、p < .001)。効果量について原著は、前者を中程度から大きい、後者を小さいから中程度と表現しています。順位はついていますが、どちらも「これ一本で決まる」種類の大きさではありません。

職務埋め込みとは、組織にどれだけ適合しているか、どんな結びつきを築いたか、辞めることで何を失うか――その総体を指します。満足しているかどうかとは別の軸で、人を職場に留める力です。

職務満足の側の規定因も見ておきます。職務の質が β = 0.41、ワークライフバランスが β = 0.17、技術インフラへの態度が β = 0.17。技術インフラとは、ビルドが通るか、CIが遅すぎないかといった日々の道具立てです。モデル全体の説明力は、離職意図について R² = 0.646、より保守的なブートストラップ後の推定で R² = 0.463 でした。


3. ワークライフバランスは「直接には」効いていない

驚いたのはここです。ワークライフバランスから離職意図への直接パスは β = −0.02(t = −0.23、95%CI [−0.14, 0.12]、p = .81)。信頼区間がきれいに0をまたいでいて、ゼロと見分けがつきません。

ただし、間接効果は −0.14(p < .001)で明確に有意でした。ワークライフバランスは、職務満足と職務埋め込みを経由して離職意図に効いている。直通の道がないだけで、道そのものはある、ということです。

3-1. 「WLBは関係ない」と読んではいけない理由

この結果だけを取り出すと「仕事と生活のバランスは離職と関係ない」と言いたくなりますが、それは他の証拠と正面から衝突します。仕事と家庭の葛藤(work–family conflict)と離職意図の関係を122の実証研究から統合した Li ら(2025)のメタ分析では、両者の相関は r = 0.446(17研究、N = 5,752)。方向を分けた work-to-family conflict でも r = 0.318(90研究、N = 51,110)でした。単純な相関で見るかぎり、仕事と生活の衝突は離職意図としっかり結びついています。

食い違って見えるのは、測っているものが違うからです。メタ分析が見ているのは2変数の素の相関。今回の β = −0.02 は、職務満足と職務埋め込みを同時にモデルへ入れたうえで、なお残る直接の寄与です。忙しさは効いていないのではなく、満足と結びつきを削るという回り道で効いている――そう読むのが素直でしょう。

以前 リモートワークの境界管理 について書きましたが、あれは今回のモデルで言えば間接経路の入口を守る作業だったことになります。効き方が遠回りだからといって、守る価値が下がるわけではありません。


4. 最も効いていたのは、組織的公正

では職務埋め込みは何によって決まるのか。最大の規定因は組織的公正で、β = 0.51(t = 8.55、p < .001)でした。

原著は組織的公正を、手続き的公正(3項目)、分配的公正(2項目)、相互作用的公正(3項目)の計8項目で測っています。そして3つとも有意な重みを持っていました(順に0.45、0.46、0.41)。決め方が公正か、配分が公正か、扱われ方が公正か。どれか一つが突出しているのではなく、揃って寄与しているという形です。

離職意図への間接効果を見ると、組織的公正が −0.20(p = .001)で全要因中最大でした。職務の質の −0.14、ワークライフバランスの −0.14 を上回ります。冒頭の逆説はここに落ちます。人を辞める方向に押しているのは、労働時間の長さそのものよりも、不公正感と結びつきの薄さのほうだった。ただし繰り返しになりますが横断データなので、「公正さを改善すれば離職が減る」と因果で言い切ることはできません。

なお、疲弊が進んでいるときには、この見分け自体が難しくなります。何に納得できていないのかを言葉にする体力すら残らないことがあるからです。燃え尽きの3要素を以前整理しましたが、気分の落ち込みや不眠が数週間続くようなら、キャリアの問題として抱え込まず医療機関に相談してください。


5. コミュニティは効かない、のか

職務埋め込みを構成する6つの下位次元のうち、有意な重みを持っていたのは組織への適合(0.63)と組織を離れることの犠牲(0.50)の2つだけでした。組織内の結びつき(−0.04、p = .66)、コミュニティの結びつき(−0.13、p = .06)、コミュニティへの適合(0.05、p = .62)、コミュニティを離れる犠牲(−0.12、p = .13)は、いずれも非有意です。

原著は、ソフトウェア専門職は主に組織への適合と辞めることの犠牲を通じて埋め込まれており、地理的な立地やコミュニティは重要ではなさそうだ、とまとめています。ただし同時に、この点についてはさらなる研究が必要だとも留保しています。

留保が要る理由は、他分野の蓄積と食い違うからです。65の独立標本、N = 42,907 を統合した Jiang ら(2012)のメタ分析では、組織側だけでなくコミュニティ側の埋め込みも離職意図と負の相関を示しています(補正済み加重平均相関で、組織側 r = −0.48、コミュニティ側 r = −0.22)。コミュニティ側は弱いものの、ゼロではありませんでした。

今回の非有意は「コミュニティが無意味だ」という証明ではなく、「この224名のデータでは分離できなかった」という意味にすぎません。加えて原著は、組織内の結びつき(α = 0.49)やコミュニティの結びつき(α = 0.47)の内的整合性が非常に低いことを認めたうえで、他の基準を満たすとして構成概念を保持しています。信頼性が低い測定は、あるはずの関連も見えにくくします。


6. まとめ

  • 離職意図に直接効いていたのは職務埋め込み(β = −0.39)と職務満足(β = −0.35)。原著の表現で中〜大、小〜中の効果量(Kuutila et al. 2026)
  • ワークライフバランスの直接効果はほぼゼロ(β = −0.02、p = .81)。ただし間接効果は −0.14 で有意。効き方が回り道なだけ
  • 単純相関で見れば仕事と家庭の葛藤は離職意図と強く結びつく(r = 0.446、Li et al. 2025)。「WLBは関係ない」とは読めない
  • 職務埋め込みの最大の規定因は組織的公正(β = 0.51)。離職意図への間接効果も全要因中最大(−0.20)
  • コミュニティ関連の次元はすべて非有意。ただし他分野のメタ分析とは食い違い、原著自身が追試を求めている(Jiang et al. 2012)

次の職場を選ぶとき、あるいは今の職場に残るかを決めるとき。求人票に書かれた残業時間は、たしかに大事な情報です。ただそれは、このモデルで言えば間接経路の入口でしかない。評価と配分がどう決まるのか、決め方を説明してもらえるのか――それが分かる質問をひとつ用意しておくことを、このデータは勧めているように読めます。

私自身の14年と独立も、当時こんな枠組みで考えて選んだわけではありません。後づけの説明にならないよう気をつけつつ思い返しても、決め手が時間の長さでなかったのは確かです。

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参考文献

  • Jiang, K., Liu, D., McKay, P. F., Lee, T. W., & Mitchell, T. R. (2012). When and how is job embeddedness predictive of turnover? A meta-analytic investigation. Journal of Applied Psychology, 97(5), 1077–1096. doi:10.1037/a0028610
  • Kuutila, M., Ralph, P., Qiu, H. S., de Souza Santos, R., Choetkiertikul, M., Milani Fard, A., Alkadhi, R., Devroey, X., Robles, G., Hata, H., Baltes, S., Arif, H., Kovalenko, V., Chakraborty, S., Tuzun, E., & Adisaputri, G. (2026). Staying or leaving? How job satisfaction, embeddedness and antecedents predict turnover intentions of software professionals. Proceedings of the 2026 IEEE/ACM 48th International Conference on Software Engineering (ICSE ’26). doi:10.1145/3744916.3773124(arXiv:2512.00869)
  • Li, G., Zhou, Y., Zhang, X., & Martek, I. (2025). The integrative relationship between work–family conflict and turnover intention: a meta-analysis. Frontiers in Public Health, 13, 1642843. doi:10.3389/fpubh.2025.1642843

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